
ばあちゃんが亡くなった。もうすぐ87歳だった。
病魔にやられて8年間。
介護に手をつくしてくれた叔父と伯母。
宮城へ通い続けた母。
それを見守ってくれていた父。
この連休で行くのは、去年から決めていた。
そしたら、連休の何日か前に入院した、と連絡がきて。
喪服、持ってきてね。と言われてしまった。
(生きてるばあちゃんに会えますように・・・)と願った何日か。
駅からすぐ病院に行って、寝てなそうな母と交代。
ひとまず間に合った・・・と思いつつ座ってたら、
泣けてきちゃってしんどかった。
ただただ、頑張れ!と思った。
何度か交代をして、私が叔父と交代した後の夜も深い頃、
ばあちゃんはとうとう逝ってしまった。
手際が悪く、心ない看護士にいらだちながら手続き。
使っていたタオルケットを渡されたら頭がぐるぐるして、
暗い廊下を運ばれるばあちゃんを見たら、涙が止まらなかった。
寝ないまま朝がきて、方々に連絡して・・・。
曜日感覚が麻痺したまま、お通夜も告別式も終わっていったよ。
告別式中、「孫からのお別れの言葉」というのがあって。
じいちゃんの時は、そんなのつらくて無理!と思ってしなかったけど、
孫は私と弟しかいないし、私は初孫で、ものすごいかわいがられた。
ばあちゃんに育てられたこともある。
元気なうちは友達やバイトの方が大事で、ちっとも遊びに行かなかったから、
今更だけど謝ろうと思い、お別れの言葉を言うことにした。
泣いて話せなくなってもいいや、と思って。
とにかくごめんなさいと、ありがとうと、お疲れ様と、
大好きだよってことだけ伝えようと。
案の定、嗚咽がでるほど泣きながらになってしまったけど、
思いつくまま言いたいだけ言った。
泣きすぎて、頭がひりひりした。
ふらふら席に戻ったら、めったに泣かない父と母が泣いていて、
それを見てまた泣いた。
じいちゃんの葬儀からまだ一年経ってないから、
これはじいちゃんので、帰ったらまだばあちゃんがいるんじゃないかな?
なんて思ったよ。何度も。
覚悟してきてたけど、やっぱりしんどい。
叔父と伯母も心配だ。
悲しいことが続きませんように。どうか。
力が入るまで、しばらくぼんやり過ごすことにしよう。
忘れたくないので、書きました。
読んでくれてありがとう。